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ノイズにも居場所がある音楽という世界

ノイズ=邪魔もの?

音楽の好きなところの一つは、適切に扱えばノイズにも居場所があるというところだ。
この事実ははみ出しものにとって勇気になる。

ノイズの定義

ノイズを表す言葉に騒音と噪音がある。
騒音はいわゆる、耳につくような嫌な音だ。
噪音は音高を感じられない音で、嫌だったり耳につくようだったりという要件は定義にはないようだ。シンバルのジャーンなど、楽器でも音高が分からない音はある。
そして音高を感じられるのが楽音で、楽音はノイズではない。
フルートやピアノやなんでもいいが、ドレミで表せる音は楽音だ。

ノイズを扱う成功例

しかし自分のいうノイズは噪音だけに限らない。
騒音のノイズでも、適切に居場所を与えられれば仕事をするのだ。
大胆かつ古典的な例として、ビートルズの楽曲「I Want You」におけるホワイトノイズがある。
不穏なリフを繰り返すうちに、どんどんホワイトノイズが高まっていく。
ドラムもベースも演奏のボルテージを上げていく。
そしてぶつ切り、ノイズも消えて静寂が訪れる。
自分はCDで聴いたのだが、それだと静寂を打ち払うように次曲「Here Comes The Sun」が始まってとても心地よい。
奏者はジョージ・ハリスンだと思われる。
ジョージのアルバム「All Things Must Pass」のおまけについてくるジャム音源にもシンセサイザーによるノイズが入っている曲がある。

天体の音楽

音楽のこの特質、「適切に扱えばノイズも使える」を考えるとき、思い出すのが天体の運動がかつて音楽に例えられていたことだ。
この現実世界の性質も、音楽に似ている部分があるのなら、例えば難民のような、現実世界でノイズのように扱われる人々にも、うまい居場所があるのではないだろうか。
そういう考えは勇気を与えてくれる。
ただし音楽においてノイズが適切に働くのは、あくまでうまく扱ったときである。
大きすぎたり頻繁すぎるノイズは聴いていて苦しい。
音を扱うのはミキサーなりプロデューサーだが、人間を扱うのは主権者である自分たちだ。
ノイズをうまく扱う知恵を得なければ。